幸せ
さみしいのはきっと、こういうことだろう。
「付き合う」という関係が成立した時点から、
人はなぜか、
相手の「存在」よりも「不在」を意識するようになるんだろうね。
だから、好きな人とお付き合いできたその夜から、
相手の姿が小さくなっていったその瞬間から、
突然、自分でも怖くなるくらいのさみしさを感じるんだろう。
好きだから会いたくて、
好きだから付き合って、
好きだからさみしい。
会えない時間がつらくて、
そして別れる。
私にはそれが理解できない。
そうなるくらいなら、付き合わなければよかったのに。
だってそうでしょ。
お互いの気持ちを確認しなければ、
ずっと相手の存在をただただ喜んでいられたかもしれないのに。
嫌いになって別れたわけじゃない。
好きだから、つらくて、それから逃げるために別れた。
だから、もう一度付き合いたくないとは思わない。
なんて言葉を吐くのなら、
前の恋人とやり直せばいい。
そんな中途半端な気持ちで次の人にいくなんて、
失礼だよ。
そうやって同じことを繰り返してきたのなら、
未来なんて見えてる。
乗り切る覚悟がないのなら、
誰かと付き合う資格なんてない。
「この人となら付き合ってもいい」という相手が何人もいる人と、
私は付き合いたくない。
私は、私の特別な人にとって、
もっとも特別な存在でありたいと願っている。
何分の1の存在なんて嫌だ。
相手と会えない時間ばかりを意識してしまう。
相手からメールが来ない瞬間ばかりを。
ほんと、不思議だよね。
相手からの連絡をただ喜んで、
どきどきして、わくわくして、少し不安もあって。
そんな気持ちでずっといられたらいいんだけど、
そうもいかない・・・。
メールが来ないことが不安で、
会えないことがただつらくて、
そのうち会うことすら怖くなる。
会っていても、別れの瞬間が怖くなる。
そのあとさみしくなるのが怖くなる。
だから、好きなのに、さみしさに潰されて、
矛盾した答えに行き着くんだろう。
幸せになるということは、
不幸であることと同じくらい残酷なことなのかもしれないと思う。
失いたくない、大切なものを手に入れて、
それが自分から離れていく怖さに耐えなければならない。
幸せになるって、きっと物凄い覚悟がいるんだろうね。
軽い気持ちで手にしちゃいけないものなんだ。
覚悟もなく幸せを得ることは、不幸になることと同意なのかもしれない。
私が一番悲しいのは、
相手にその覚悟がなさそうだということです。
未来なんてどうなるかわからないけど、
私は覚悟をもって幸せを望むよ。
だからもし、そんな覚悟ができたなら、
そのとき私をもらいに来てほしいって思うんです。
こういうのって、重いのかなぁ。



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