blind
三週間ばかり入院していた。
ただいま。
昨日帰ってきた。
そんなわけで日記も書けなかったけど、
今日は久々に考えたことを書こうと思う。
最近会社で新しい部署に移った。
取引先との会食が多い部署で、
「接待」というものを私も経験することになった。
仕事が終わってやっとあがれるというのに、
そして残業代などつかないというのに、
気を遣う相手と一緒に飲んだり食べたりしなくてはならない。
アフターワークの自分の時間を愛する私にとっては、
それはとても苦痛なことだった。
時間を奪われることがまず許せない。
でも、行けばできる限り自分もその場を楽しんで、
相手にも楽しんでもらって、
これからの取り引きもスムーズにできればいいのだと考えていた。
勝手に時間を奪うなと言ったところでどうにもならないことはわかっている。
だから極力その場を楽しみ、
また、自分はその場を楽しんでいるのだと思うように努めた。
でもストレスは溜まっていたようだ。
入院は任意だったので、
入院を決めたときは何かから解放された気分になった。
会社に行かないことが正当化された。
接待の会食にも行かなくていい。
入院中、体調が悪化して苦しい思いをした。
その度に原因を考え、
その度に会社での時間が頭に浮かんだ。
接待の光景も浮かんできた。
実際の原因はわからないが、
仕事関係のストレスも多分に関係しているような気がする。
接待での時間も憎く思えた。
そんな気持ちをうっすらと抱えたままこうして退院してきて、
今日ある本を読んだ。
その中の記事に、こんな内容のものがあった。
接待する側は時間もお金も使って大変という考えはおかしくないが、
接待される側もその接待を望んでいるとは限らず、
同じように時間を割いて、大変な思いをしているのかもしれない
という主旨のもの。
それを読んだときに、
この件に関しては自分の中に相手の存在が全くなかったことに気付いた。
どうして自分は相手方の気持ちや大変さを全く考えなかったのだろう と
不思議に思ったくらいだ。
今まではこのような日常の場面で、多少は相手の立場や気持ちというものに自分なりに目を向けて、相手という存在を考えてきたつもりだったからだ。
でも今回は全く見えていなかった。
接待がそれほど苦痛だったのか面倒だったのか、
とにかく私は自分の気持ちと時間にしか目を向けていなかった。
なんだか取引先の方々に対して申し訳ない気持ちになった。
そして、その場にいた上司に対しても。
大変な思いはお互い様だ。
これに気付いて、少しは接待での時間の過ごし方や気の持ちようも変わってきそうだという気がした。
まぁ接待に行くことは当分ないと思うのだけれど。
自分がここまで自分の世界しか見えなくなることが、
この歳になってもまだあるのだなぁと思った。驚く。
そんな自分に驚くし、少し落ち込んでしまっている。 不安にも思う。
ただ、自己満足の世界ではあるにしろ、
気付いてよかった。
気付かないよりは断然よかった。



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