Thursday, November 11, 2010

なんか

ふぅ。

・・・。なんか、疲れちゃった。

なんか、あんまり元気じゃない。

携帯が壊れちゃったせいもあるんだ・・・。

Tuesday, October 26, 2010

水族館

私は、水族館がとても好き。

でも、名古屋港水族館の白イルカが死んでしまったと聞いて、
何とも言えない気持ちになった。
やっぱり、人工的な環境は、海とは大違いなんだよね・・・。

水族館を訪れる人がいなければ、
水族館が在り続けることはない。

質の悪い週刊誌なんかの、
買う人がいなければ、作られることもない
っていうのと一緒で。

そういうものを売るから、買う。
結局はどっちが先か、わからないけど。

大好きなイルカを見ていたくて、
でも、私のような人がいるから、
イルカたちは捕らえられてしまうわけで・・・。

なんだか、申し訳ないなんて言葉じゃ片付かないよね。

罪悪感を感じる。

でも、水族館にはまた行きたいし、
また行くんだろうな・・・。

今までもこういう感情を持ちながら、
なんとなくやり過ごしてきたけど、
もうこの感情から目をそらせなくなっちゃった。

でもイルカを見たい。

自分の中にある矛盾・・・。
罪悪感を感じる。

でも、イルカが大好き。
どうしたらいいのかなぁ。

私が行こうと行くまいと、
水族館はなくならないんだけどね。
自己満足の世界なんだけどさ。

でも、大好きなイルカを見に行きたいと思うと、
イルカが苦しむのか・・・。
って、どこかで思っちゃうよね。


イルカがすごく好き。
どうしたらいいんだろう。

Wednesday, May 6, 2009

共有

「象の背中」という映画を母がリビングで観ていたので、
ところどころ一緒になって横で観ていた。

今まだ映画の途中だけど超おおまかに言うと、
肺ガンで余命半年と宣告された主人公の、その後の生き様を描いた映画。

主人公は、奥さん、息子、娘の4人家族で、
更に不倫相手の女性がひとり。

主人公はまず息子に自分がガンであることを伝え、
奥さんと娘には一切を隠す。

  心配させる時間は短いほうがいい(だから直前まで言わない)、
  でもお前は男だから、一緒に背負ってくれ

というような意図だった。

ここで思ったのは、
私は一緒に背負いたい、ということ。
もし私が奥さんなら、その事実を隠されるのはイヤだ。
というのも、自分の大切な人が苦しんでいるとき、
それを共有することで、自分が救われる部分がある気がした。
というか、共有することでしか救われない気持ちがある、と思った。

大切な人がガンで死んでしまうその瞬間に、
その人がガンで苦しんできたことを知るなんて、
それこそ耐え難い。
なぜなら、想像してしまうからだ。
その人の苦しみを。

だからせめて現実に、一緒に苦しませてほしい。
苦しみを想像させる方がよっぽど残酷だ。
何ができるわけではなくとも、
一緒に苦しむことできっと私は救われる。
…とことん勝手だよなぁ。

でもね、きっと相手が死んでしまったあと、
「私は一緒に苦しんだんだ」と思えることでどこか満足する部分があるというか、
やれるだけやったという事実のお陰でスッキリできるときが来るんじゃないかと思った。
要は自己満足だよね、単純に。

もちろん、「相手が何を望むか」なんだけど。
もしも知られたくないというのなら、それを尊重するしかないと思う。
だけど、少しでも遠慮して躊躇っているのだとすれば、
そこは遠慮なんかしないでほしいと私は思う。

きっと、共有することが大事なんだ、と、ふと思った。
きっと何かを共有することでのみ得られる救いや幸せがあるのだ。
「共有した」という事実が最も大切なのだ。

それはこういう場面でなくても、
何にでも言える話で。

時間でも、感情でも、快感でも、苦痛でも。
共有することが大事なんだと思った。

だから例えどんな苦しみが待っていようと、
大好きな人と少しでも同じものを共有したいと思う。

大切なことは、共有なんだ。

共有したい。

Monday, March 16, 2009

松本隆

今日の「情熱大陸」は松本隆という有名な作詞家の特集だった。

番組の最後に、
「作詞家を辞めたいと思うことは?」という質問に対して
「毎日辞めたい」だか「いつでも辞めたい」というようなことを答えた後に、
松本隆さんは「言葉が好きだ」と言った。

「『言葉が好きだ』ということは、『人間が好きだ』ということになるのだろうか?」という疑問がふと湧いて、
少し考えてみた。

もしも言葉がただの文字だったり音声だったりで、
そこに何の感情も込められていない空虚なものだとしたら、
きっとそれは「好き」になり得るものではないだろう。
だとすると、
言葉とは、人間の感情が込められていてこそ言葉であり得る。

つまり、言葉を好きだということは、人間の感情を好きだということ。

人間が何の感情も持たずにひたすら生きるだけの生き物だとすれば、
それはただの動物と変わりない。
人間を人間たらしめているのは感情である。
だとすれば、
感情を好きだということは人間を好きだということ。

言葉を好きだということは、人間を好きだということ。

ではやはりこの人は、人間が好きなのだな。

・・・なんてことをぼんやりと考えていた。
「人間が好きなのだな」という結論に達したあたりで、
なぜか心のどこかで小さなうれしさを感じた。
どうしてなのか、自分でもわからない。
でもたぶん、私自身人が好きで、できれば憎まずに生きていきたいと望んでいるのだと思う。
それでも、人間は憎むべき愚かな存在だ、とも思っている。
その矛盾にいつも苦しむ。

「言葉が好きだ」という言葉を聞いたとき、
余計な理屈抜きで「人間が好きだ」と公言してくれたように感じて、
人間を好きでいることを何の迷いもなく肯定してくれたような気がして、
なんだかうれしかったのかもしれない、と思った。
それは安心に近いうれしさだったと思う。

村上隆という人を意識したことはなかったが、
今日たまたま特集を見ることができたのはラッキーだった。
悲しさだか切なさだかよくわからない、憂いを帯びた安心を感じさせる人だと思った。
この人へのイメージをプラスマイナスで言うなら、
たぶん「かろうじてプラス」。
プラスなのでよかった。

「好き」という言葉を使わず、
「好き」という気持ちを表す行動や表現は何だろう。
そして言葉とそれと、どちらが真実である可能性が高いのだろう?
なんてことを考えたが、
バカバカしくなってやめた。

言葉であれそれ以外の表現であれ、
どちらも偽れるし、どちらにも本当の気持ちが現れうる。
考えるだけ無駄なのだ。

そう納得させて、これ以上考えずに眠りたいと思う。
考え出すとキリがないとわかっていながら、
どうしても考えてしまうから。
あの言葉の意味や、行動の意味をね。

考えるだけ、無駄なのだ。

Thursday, February 19, 2009

幸せの日

大好きな森田さんと、昨日初めて食事に行った。
前日はなかなか寝付けなくて、昨日は仕事中ずーっと眠かった。

どんな顔をして会えばいいのかわからなくて、
待ち合わせ場所で会うことを想像して、
まずどう声を掛けようかといくつかのパターンを考えてみるけど、
思考をうまくコントロールできなかった。

まさか本当に叶う日が来るなんて。
夢みたい。

服を着替えてメイクも直したから、
気合の入った私を見て引かれたらどうしよう・・・とずっと不安だった。
でもせっかくのお食事、可愛いって思ってほしかったし、
そのためにできることはとにかく何でもしたいと思った。

着替えた私を見て森田さんがどんな反応をするのか全く予想できなくて、 いろいろ想定しては返す言葉を考えてた。
「着替えたの?!(ちょっと引き気味)」と言われたら、
「仕事の後はたいてい着替えるんですよ」と答えて平然としていればいいんだ、とか、
「あれ、着替えたんだ」みたいに特に反応がなかったら、
「だって森田さんとお食事なんて、一生の記念ですもん!」って言っちゃおう、とか。

もう本当にいろんなこと考えた。
想像しては、いちいちドキドキして、
手が震えて、泣きそうになった。
だってどうしていいかわかんないんだもん。
どんな場面を想像してみても、
どうしていいのかわからない。

渋谷で森田さんを待たせちゃった。
お化粧を直してたら、私の方が遅くなっちゃって。
せっかくの一緒にいられる貴重な時間を、
自分のせいで短くしちゃった。

森田さんとの4時間はあっという間で、
本当に早く過ぎた。
一瞬って、こういうことを言うんだ、と思った。
もっともっと一緒にいたかった。
話したいことはいくらでもある。
森田さんの話をいくらでも聞いていたいし、
私のことももっといろいろと話して知ってもらいたい。
何かについて語りもしたい。
たくさん時間を共有したいと心の底から思った。

森田さんは飾っていなくて、それでいてすごくかっこよくて、
やさしくて、何もかも素敵だった。
話せば話すほど、知れば知るほど好きになるな・・・と思った。
こんなに素敵な人、他にいないよ。
森田さん以上の人なんて見つかるわけない。
奥さんが本当に羨ましいと思った。

とにかく幸せ。森田さんと一緒にいられて。
何でも話せてうれしかったし、
最初はすごく緊張してたのに、話しているうちにいつの間にかすごく安心してた。 居心地がよくて、気持ちよかった。

とにかく楽しくて、幸せを感じてた。
やっぱり森田さんが大好き。

ずーっと一緒にいたいなぁ・・・。
だってどの瞬間も好きって思っちゃうんだもん。

帰りの電車でちょこっとメールをして、
それもうれしかった。
もう何もかも幸せな一日でした。
2009年、2月18日(水)。
大好きな森田さんと一緒に過ごせて私はとっても幸せ。

また一緒に過ごせることがあったらいいな。

森田さん、本当にありがとうございます。
本当にこれからもよろしくお願いします。

Monday, February 9, 2009

バレンタイン

今年もこの季節がやってきたんだなぁ。
チョコレートを渡す様子を想像しただけで、
緊張で手が震えてくる。
受け取ってもらえるのかな・・・。

そもそもチョコレートが好きかどうかもわからない。
勝手に選んじゃったけど、受け取ってくれたとして、
包みを開けたときにどう感じるんだろう。

ううーん、いくら考えてもわからない。
考えること自体時間と労力の無駄なのだろうけど、
この時期の乙女にはつきものの悩みということで、許そう。

そういえば、大事な人の分は1月中に手配を済ませておいたんだけど、
先日そのチョコレートの注文ページを見てみたら全部売切れになっていた。
3種類あるうち3種類、どれも売り切れ。
早めに見つけておいてよかった。

なにやら高級チョコレートの売れ行きがとてもいいと何かのニュースで見た。
自分用のチョコに高いお金を出す人が増えているとか。
私もいろいろ食べたいものはあるんだけど、
最近のチョコってほんと高いよね。手が出ない。

先週、会社の先輩と新宿の小田急を下見に行って、
今週また一緒に行く予定。
先週はまだあちこち動いて回れたけど、
今週は1メートル動くのにも一苦労なんだろうな。
それこそバレンタイン直前の醍醐味なんだけどね。
体力も精神力も温存して、
気合を入れて行かないと負ける・・・。
男性も一度あの世界に足を踏み入れてみたら面白いと思う。
そして女性を怖いと感じると思う。
みんな何かに取り憑かれたようになってるからね。

ついにバレンタインも今週か。
まだまだ準備が残っているのにどうしよう。
3ヶ所くらい回らなきゃ。

あー女の子してるなー。
楽しいなー。
ドキドキしすぎて死にそうだけど、
今年のバレンタインがどうかうまくいきますように。
お願いします。

Thursday, January 15, 2009

大好き、森田代理

今頃森田さんは、接待中かなぁ。
もう終わったころかな。
なんてことを考えながら、ポテポテと歩いて帰ってきた。

昨日は森田代理がメールをくれて、
まずすごくびっくりした。夢かと思った。

もしかしたら森田代理の携帯を使って石原さんが書いてるのかな?
なんておかしなことを思ってしまうほど、何度メールを読んでも夢を見てるみたいな気持ちだった。
今日会社に行って「森田代理、昨日はありがとうございました」と言ったら、森田さんはこちらを見ずに、「いいえー」と、わざと感情をこめないような言い方で返してくれた。
でも声のトーンは高くてやさしかったので、私はすごくうれしかった。
メールをもらってから一番緊張して迎えた一瞬は、
とても穏やかに、優しく、あたたかい余韻を少し残して過ぎた。
そのときに初めて、あぁ、昨日メールをくれたのは森田代理だったんだ、と実感した。体の芯がくすぐったくなって走り出したかった。

実は私は今朝、一体どういう顔をして森田さんと顔を合わせればよいのかわからなかった。なんか恥ずかしいし、照れる。こんなふうにメールをもらったのは初めてだし、そのメールへの返信の中で私は自分の気持ちを感情的にぶつけてしまったし。
森田代理に気持ちを話すのはたぶん初めてだと思う。

昨日はあまりにうれしかったのと、こんなに大好きな人と離れることのつらさに耐え切れなくなったのとで、メールを読んだ瞬間に号泣してしまった。
声を上げて泣くのは久しぶりだった。
溜まっていたものが止めどなくあふれてくる感じだった。

森田代理と離れたくないよー。
どうして離れなきゃいけないんだろ。
これからもずっと森田さんの担当でいたい。
もっと役に立ちたいし、その為に努力だってする。
本当に離れたくない。

森田さんを見ていると、やっぱり大好きだなぁという思いと、離れたくない思いでいっぱいになる。
森田さんは、みんなに自慢したいくらいすごい人なんだよ!
いつも見ていて、すごいなぁって思う。
心がとっても優しいし、頭はいいし、何をしていてもかっこいいし、考え方は筋が通っていて、迷いやブレがなくて真っ直ぐだと思う。
だから大好き。
なんていうんだろう、単に異性としてかっこいいだけじゃなくて、人としてかっこいいと思える。たぶん人として憧れる気持ちがあるんだと思う。

だから大好き!森田代理

Thursday, January 8, 2009

1月8日、木曜日

今日は石原さんに話を聞いてもらった。

最初は、大切な人と別れるつらさや悲しさが溢れてきて泣いて、
最後は、話を真剣に聞いた後で石原さんが言ってくれた言葉や、
真摯な態度、的確で最も正しいと思える解決策やアドバイスに感動して泣いた。

お昼前の、忙しい時間。
廊下で五島さんと立ち話をしていると、そこに通りかかった石原さんが近づいてきて、
五島さんと私の顔を交互に見て、目で「どうしたの?」と聞いてくれた。
ほとんど愚痴に近い悩みを、ぼそぼそと一言二言伝えたら、
「立ち話もなんですから」と言って応接室に導いてくれた。

石原さんは、「おしゃべり好きな人」という印象がけっこう強かったから、
このときも、興味半分で話を聞きたいのかと思っていた。
でも私は石原さんが大好きで、
大好きな人に悩みを聞いてもらえるなんて幸運なことなので、
そしてとにかく1課の人に今私が抱えている悩みやつらさを聞いてほしかったので、
全て話してみようと思った。
私の話に対して、石原さんが何を思い、どんな言葉を返してくれるのか、
さっぱり想像もつかなかった。
期待があったわけでもなく、諦めの気持ちがあったわけでもなく、
ただ話してみたいと思った。

しばらく話していると、来客があり、応接室を追い出されてしまった。
そのときはまだまだ話し足りなかったけど、
きっとこの相談はこのタイミングで切り上げられてしまうんだと思って残念な気持ちになった。

でも石原さんは別の応接に入っていって、
更にじっくり話を聞く態勢を整えてくれた。
石原さんの名前で応接室を確保して、邪魔が入らずに話せる環境を作ってくれた。
これにはびっくりした。
まさかこういう真摯な対応をしてもらえるなんて思ってもいなかった。

五島さんと私が話すことを、石原さんはひたすら聞いてくれた。
どれだけ時間がかかるのか、終わりの見えない相談に、
なんのためらいもなく時間を割いてくれた。
立場の違いとか、年齢とか性別とか、そういうことで力の差をつけずに、
対等に話ができる人、
私たちを無下に扱わずにいてくれる人だったんだ、と思ったときに、
うれしかったのと感動したのとで泣いてしまった。

更に石原さんは頭がよくて、
(こういう言い方は失礼になるのだろうけど)とても賢い人で、
石原さんの意見もアドバイスも、全て納得のいくものだった。
それに、私たちのことを本当に考えてくれていると実感できるものだった。
(ここで一番良かったのは、石原さんが私たちのことだけでなく、
様々な立場の人の目線でこの問題を考えた上で結論を出してくれたことだ。
だから石原さんの言うことの中には私たちにとって厳しいことも含まれいていたし、
受け入れなければならない現実はそれとして伝えてくれてもいた。
誤魔化しやキレイごとがなかったからこそ、本当に信頼できると思えた。)

来月末で仕事をやめようかと思っていたけど、
もう少し頑張ってみてもいいのかもしれない、と思えた。
やめたいと言ったとき、「それは残念だから。もちろん会社側としてもマイナスだと思うし」と石原さんが引き止めてくれたことも大きいし、
この会社には石原さんのような人がいるのだとわかって、
なんだかすごく救われた。

森田さんと石原さんがいるうちは続けたいと思った。
どういう結論を出すのかはまだわからないけど、
でも少し希望が持てたことが奇跡だと思った。

石原さん、どうもありがとうございます。
存在に感謝してます。

あと、オチがつくようでちょっといやだけど重要なのが、
石原さんはすっごくかっこいい。
石原さんが結婚していてよかったと思う。
転任してきたときから、この人かっこいい人だなぁ…と思っていたけど、
もし独身だったら今回のことで間違いなくオチてたよ。
あぶないあぶない。なんてね。
でもほんと、石原さんか森田さんみたいな人と結婚できたら幸せだなぁ。
たぶん幸せなんじゃないかな。
(家でも会社にいるときと同じような人格で振舞っていたらの話だけど。)

さて、明日も会社だから寝よう。

Wednesday, December 31, 2008

今年一年

今年は、多くのものを失った一年だった。

もちろん新しいものもたくさん得たけど、
それらの多くはお金で買ったもの。

とはいえ今年失った大事なものたちの中にも、もともとはお金で買ったものも含まれているのだから、今年お金と引き換えに得たものも時間の経過とともにどんどん大事なものになっていくのだろう。

それにしても、今年失ったものはどれも自分にとって存在の大きなものばかりで、
12月31日を迎えた今でさえ、
まだ何か失うのではないかと気が気でない。
23時59分、今年が残り1分となっても気が抜けないと思う。
怖い。

今年は「何かを失う一年」だったのだ。
それが今後の自分の人生にどんな意味を持つのか、
今はまだわからないが、
これから少しずつわかっていくことに不安もあり、希望もある。


さて、今年も残すところあと12時間半です。
今年も一年お世話になりました。
来年もぜひ、どうぞよろしくお願いします。

それでは、よいお年を。

Friday, December 12, 2008

今日叶った夢

以前から夢見ていたことがあったんだけど、
それが今日ひとつ叶った。

教え子と自転車で二人乗りして、
家まで送ってもらうこと。

塾でずっと教えていた子に家まで送ってもらった。
すごいなー。
なんかドラマみたいだなー。

教え子は高校に進学して塾をやめたし、
私も他の場所で働くようになって塾をやめた。
お互いに完全に離れて生活しているんだけど、
ふと思い出すんだよなぁ。
そしてどちらかが相手を思い出したときに、
気ままに連絡のとれる関係を築けたことがラッキーだと思う。

去年の5月、
高校の修学旅行でお土産を買ってきてくれて、
そのときに一年ぶりに会った。

それから一年半ぶりに、今日会った。
今日は私から、クリスマスプレゼントを渡しに家に行った。

生徒のお母様も出てきてくれて、
「あんた、女の人なんだからちゃんと送っていきなさいよ!」
と母から言われてしまったその生徒は、快く自転車を出してきてくれた。

「先生とちょっとお話でもしてきなさい♪」
「はーい」

そうして我らは歩き出したのだが、
生徒の家から私の家まで、歩いて15分ちょっとかかる。
近くまで送ってもらうだけのつもりだったけど、
「うしろ乗れば?」という生徒の言葉に甘えて、
家まで送ってもらうことにした。

二人乗り自体がすっごい久々だったこともあり、
わくわくしたなー。

あと、冬の夜の寒さはなんかロマンチックでいいなぁと思う。
些細なこともドラマになるよね。

いやー、いつ会っても「こいつめ、かわいいなぁ」と思っちゃうんだけど、
もちろん今日も思ったんだけど、
久々に会ったらちょっと成長してしっかりしてきたように感じた。

まさかこういう日が来るとはなぁ。
生徒の成長を見られるとは。


今日はひとつ夢が叶ってうれしかった!
さんきゅ~!!